引っ越し時に安易に断捨離すると後悔する話




悲劇が起きました。

先日、太陽光のパワコンの点検のため住林提携の電気屋さんが来られまして、

汚い部屋をさらすわけにはいかないので、

掃除しなけりゃいけないなと思いつつ、

リビングに積んであった本を書斎に収納したんですが、

ついに本が満杯で入らなくなってしまいました。。。

 

この記事の一番上の写真の青い枠で囲った部分がソレです。

こういう本の収納の仕方は最も最悪です。苦笑

 

しかし仕事の書類もあれば怪しい本もあるので、

モザイクだらけでスミマセンねー。

 

あー、これでまた本を処分しなければならないのかな?

ん、待て待て!

今日は安易に「断捨離」とかいって物を捨てると後悔するよって話です。

 


ミニマリストがマイホームを持つという矛盾

前回、ミニマリストについて、

僕なりの考えをまとめましたが、

いまいちスッキリまとまらなかったんですよね。苦笑

ミニマリストのマイホーム計画

ある意味でミニマリストとして徹底しようと思えば、

マイホームなんかいらないし、あったら足かせになりますからね。

 

でも、思ったんです。

ミニマリストとは、目標達成・自己実現のための手段の一つであり、

理想のマイホームを持つことが人生の目的の1つであるならば、

マイホームとミニマリストは矛盾しないはずです。

 

繰り返しますが、ミニマリストというのは、

エコロジーとか清貧、節約生活とか、はたまた断捨離などとは別概念です。

それ自体が目的ではないので、そこまで重苦しいものではありません。

なので皆さんも遠慮せずミニマリストを自称しましょう。笑

 

断捨離とは何か?

ところで、ミニマリストと断捨離は別ですと書きましたが、

「断捨離」とは、そもそも何でしょうか?

wikiによれば、次のような意味・定義となっております。

断捨離は、「もったいない」という固定観念に凝り固まってしまった心を、ヨーガの行法である断行(だんぎょう)・捨行(しゃぎょう)・離行(りぎょう)を応用し、

  • 断:入ってくるいらない物を断つ。
  • 捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。
  • 離:物への執着から離れる。

として不要な物を断ち、捨てることで、物への執着から離れ、自身で作り出している重荷からの解放を図り、身軽で快適な生活と人生を手に入れることが目的である。ヨーガの行法が元になっている為、単なる片付けとは異なるものとされている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%AD%E6%8D%A8%E9%9B%A2

これを読む限り、ミニマリストに非常に近い感じもしますが、

モノを持つことを「執着」ととらえていることが、

少し頭が硬いというか、意識高すぎな印象が残ります。

 

ま、でも「家の中にモノが増えて困る!」

って時には参考になりそうな発想ですけどね。

 


物への執着ってなんだ?

ところで、いきなり無人島に連れていかれて放置されたら、

一人で生きていけますか?

周りを見渡せば木の実が豊富で食料には困らない

昔、漂流した誰かが作った小さな小屋がある。

なので衣食住は一生涯なんとかなりそうです。

しかし、こういう状況を「ワクワク」する人と、

「うわぁ絶対嫌だ」と思う人と2通りいると思うのですが、

どっちが多いんでしょうね?

男性と女性で分かれる気もしますが。

 

でも、一生その島で生きていけるんですよ?

税金もないし戦争も些細な人間関係のトラブルもないし、

「ぜんぜんOK!むしろ、天国じゃないか!」

って思ってしまうのは僕だけでしょうか?

 

完璧な断捨離は社会性の放棄を伴う

でも、無人島から少しハードルを下げて、

日本国内で無人島のような生活ができる環境が用意されたらどうでしょう?

 

しかも便利な東京、新宿区内です。

高架下など雨風がしのげる場所は自治体が確保してくれました。

食料はコンビニに期限切れ弁当を好きなだけ提供してくれるよう提携済みです。

家は段ボールで作られた小さいけど強固な小屋があります。

 

さあ、どうですか!?

って、うーん、かなり厳しいですよね?

無人島よりもかなり良い環境なんですけど、

多くの人はNGではないでしょうか。

 

結局、人間って言うのは人の目を気にするのです。

自分がどう思われるかを激しく気にする生き物なのです。

ここが動物と違うところですね。

でも、この環境を受け入れるくらい人じゃないと、

本当の意味での物への執着なんて消えないんじゃないでしょうか?

 


僕が断捨離で後悔していること

つまり、モノへの執着というのは、

突き詰めて考えると社会的な地位(立ち位置)への執着ともいえますね。

それを考えると、とかく「断捨離」って簡単に言うけど、

完璧に実行するのは割と難しい事だなって思うのです。

 

もっといえば「断捨離は良いことだ」という認識が世間に広まっているけど、

物への執着は完全には解き放たれないという前提に立てば、

大事なのはそこじゃないって気がしないでもないんですよね。

 

そもそも、積水ハウスの新築への引っ越しの際に本を大量に処分したのですが、

やっぱりいまだに後悔してますねー。

本は後で読み返しますし、

本棚をざっとながめて、あの時にこの本を読んでこう思ったなとか、

回想して当時を振り返り物思いにふける時間を楽しむこともあります。

アルバムのようなものです。

 

「この本、絶対に読まないよな!」と思ってブックオフで処分した本でさえ、

今になって思い出して、あのくだりをもう一度読んでみたいなと、

そう思う時が頻繁にありますからね。。。

 

物への執着はアイデンティティ

引越がいい機会だと、安易な気持ちで「断捨離だ!」とか言って、

無駄なものを大量に処分したところで、

何が無駄かなんて本当の意味でわからないし、

後で後悔するリスクも大量にあるわけで、

であれあば、むしろ少しでも心残りのあるもの、

捨てずにキープする方法を必死で考えた方が、僕は得策だと思いますね。

 

ま、僕は本が好きなので、そう思うんですが、

人それぞれ価値観に合わせて、考えてみてほしいです。

もちろん、断捨離とは「大事なものを捨てろ」という思想ではないと思います。

テレビ番組で泣きながら断捨離してる人いますけど、まあ、TV的な演出だと思いますが、

物への執着は社会性を捨てるつもりでなければ完全には捨てられませんし、

しかも自分の周りから物をなくせばスッキリして身も心も軽くなるかといったら、

それはまた別次元の話だと思うんです。

 

モノが自分を支えることもあるし、

それが「執着」だと言われればそれまでですが、

考え方によっては、それが自分自身の証明(アイデンティティ)ということもあるのです。

 

断捨離というものは簡単に気軽にするものではないと思うんですがどうでしょうね?

長くなったので続きはまた次回。